札幌地方裁判所 昭和54年(ワ)1037号 判決 1980年9月25日
原告
北海道ヨコハマタイヤ株式会社
右代表者
奥村貞雄
右訴訟代理人
武田庄吉
同
武田英彦
被告
林邦樹
被告
金内哲太
右両名訴訟代理人
五十嵐義三
主文
一 被告林邦樹は、原告に対し、金二八二万九三〇〇円及びこれに対する昭和五四年七月一二日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告金内哲太は、被告林邦樹に対し、別紙物件目録記載の建物につき、札幌法務局恵庭出張所昭和五四年一月三〇日受付第一八八四号所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。
三 原告の被告林邦樹に対するその余の請求を棄却する。
四 訴訟費用は、被告らの負担とする。
五 この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。
事実
第一 当事者の求めた裁判<省略>
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 原告は被告林邦樹(以下被告林という)に対し次のとおり合計金二八二万九三〇〇円の損害賠償請求権を有する。
(一) 被告林は訴外株式会社日恵フォレスト(以下日恵フォレストという)の代表取締役であつたが同社は昭和五三年一一月ころから業績の悪化が拡大し取引先が融資を断る等経営が極めて苦しい状態に陥り経営不振の打開の見通しも融資を得られる事情も存在しなかつた。このように日恵フォレストにおいては代金の支払の見込みや支払資金の目途も立たなかつたにも拘らず、同社の代表取締役であつた被告林は原告に対し、同年一二月一九日タイヤ一本等(代金合計六六万二〇〇〇円)の買掛を、更に同五四年一月九日同様にタイヤ一本等(代金合計七六万円)の買掛をそれぞれ注文し、いずれも原告をして訴外有限会社和光(以下訴外和光という)に納品させた。
しかるところ日恵フォレストは昭和五四年一月二七日ころ倒産したため、右代金の回収が不能となつた。
右のとおり日恵フォレストの右買掛債務の負担は被告林が同社の代表取締役の職務の執行としてなしたものであるところ被告林は当時日恵フォレストが既に支払能力がないことを知りながら更に右債務負担行為をなしたものであるから同人はその職務の執行につき悪意が少なくとも重過失があつた。
よつて原告は被告林に対し商法二六六条の三に基づき右代金合計一四二万二〇〇〇円相当の損害賠償請求権を有する。
(二) その後日恵フォレストは多額の負債により倒産の危機に瀕するに至つたが、同社の代表取締役であつた被告林は、原告から買掛名下にタイヤ等の商品を取り込んでこれを騙取しようと企て、代金支払の意思も能力もないのに、昭和五四年一月二四日原告に対してタイヤ一本等(代金合計三三万四八〇〇円)の買掛を注文し、原告をして確実に代金の支払が受けられるものと誤信させ、もつてこれを訴外和光に納品させて騙取し、更に被告林は同月二六日原告に対し前同様にして、タイヤ二七本(代金合計一〇七万二五〇〇円)の買掛を注文し、同月二九日ころ右商品を訴外有限会社小田原産業(以下訴外小田原産業という)に納品させてこれを騙取した。
そして、前記のとおり被告林は、その翌日の一月二七日ころ債権者の追及を免れる為密かに所在をくらまし、そのころ日恵フォレストは事実上倒産し、為に日恵フォレストからの前記代金の回収は不能となつた。
右のとおりであるから、被告林の右行為は、原告に対する関係で不法行為を構成するとともに、日恵フォレストの業務の執行に関し代表取締役として悪意が少なくとも重過失があつた。
よつて、原告は被告林に対し民法七〇九条又は商法二六六条の三に基づき前記代金合計一四〇万七三〇〇円相当の損害賠償請求権を有する。
2 被告林は、別紙物件目録記載の建物(以下本件建物という)を昭和五〇年九月一日新築してその所有権を取得した。
3 しかるところ、本件建物については、被告林から被告金内哲太(以下被告金内という)に対して、札幌法務局恵庭出張所昭和五四年一月三〇日受付第一八八四号をもつて所有権移転登記(以下本件登記という)がなされている。
4 仮に、前項の所有権移転登記が、被告金内が被告林に対し有する六〇〇万円の貸金債権に対する代物弁済若しくは売買によつて本件建物の所有権を取得したことによるものであるとしても、
(一) 右代物弁済契約(売買契約)は、日恵フォレストが倒産した昭和五四年一月二七日ころ締結されたものであるところ、当時被告林は本件建物以外にこれといつた資産はなかつた。
(二) 被告林は、原告からの責任追及を免れるため、同被告の妻の父親である被告金内と相謀り、本件代物弁済(売買)を行つたものであるから、被告らはいずれも本件代物弁済(売買)が債権者を害することを知つていたものである。
5 よつて、原告は被告金内に対し、主位的に債権者代位権に基づき、予備的に詐害行為取消権に基づき本件登記の抹消登記手続を求め、被告林に対し、二八二万九三〇〇円及び内金一四〇万七三〇〇円に対する不法行為の翌日である昭和五四年一月二七日から、内金一四二万二〇〇〇円に対する本訴状送達の翌日である同年七月一二日から各完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。<以下、事実省略>
理由
一請求原因1の(一)のうち、原告主張日時ころ原告主張の商品が訴外和光に納品されたこと、同(二)のうち、原告主張日時ころ原告主張の商品が訴外和光及び訴外小田原産業に納品されたこと及び日恵フォレストが昭和五四年一月二七日ころ倒産したことは当事者間に争いがない。
<証拠>によると次の事実を認めることができる。
日恵フォレストは、被告林が昭和五二年四月二八日設立し、主として建設機械の販売、砕石プラント関係の重機機材の販売等を業とする会社で、被告林が設立当初から代表取締役に就任し、他の役員にも同被告の妻が就任する等所謂同族会社であつた。
日恵フォレストと原告の取引は昭和五二年六月ころから始まり日恵フォレストは原告から主として建設機械やダンプカー等のタイヤを買入れ、これを訴外和光、同ワールド興産、同小田原産業等に販売していた。原告と日恵フォレストの決済は当月二〇日締の翌月一〇日払の約束であつた。
日恵フォレストは、昭和五三年初めころ訴外ニッセイ土木からの受取手形八〇〇万円が、同年九月ころ更に他社の四〇〇万円ないし五〇〇万円の受取手形が不渡りとなり、あるいは自ら行つた工事にクレームがついたりしてその支払が滞る等して、次第に資金繰りに窮するようになり、同年一〇月には被告林の妻の父親である被告金内からも二四〇万円ないし二五〇万円程を借り入れざるを得ないようになり、同年一二月ころにはますます資金繰りが苦しく経営内容が悪化していた。その為従来原告に対しては回し手形(第三者振出の手形に日恵フォレストが裏書した手形)により決済していたものが、同年一一月末から自振り手形(日恵フォレスト振出の手形)とならざるを得ない状況に陥つていた。このように、日恵フォレストの借財も重なつてきたため、被告林は、同年一二月二〇日ころ、同被告の唯一の不動産であり、唯一の資産ともいうべき本件建物を他の債権者に渡すよりは、かねてから資金援助を受けていた義父である被告金内に渡す方がよいと考えその手続を第三者に依頼したりしていたが、自らは特段の手続はとらなかつた。
同年一二月一九日、被告林は、日恵フォレストの代表取締役として、原告に対し、タイヤ一本等六六万二〇〇〇円相当の買掛注文を発し、原告はこれに応じ直ちに被告林の指示に従がい訴外和光へ右商品を納入した。翌昭和五四年一月九日ころ、同様に被告林は日恵フォレストの代表取締役として、タイヤ一本等七六万円相当の買掛注文を発したので、原告はこれに応じ、右商品を訴外和光に納入した。右発注をなした一月初旬ころには、日恵フォレストの営業内容は更に悪化し、同月ころの負債は四〇〇〇万円ないし五〇〇〇万円に達していた。
同月二四日ころ、被告林は日恵フォレストの代表取締役として原告に対し、タイヤ一本等三三万四八〇〇円相当の買掛注文を発し、原告はこれに応じ直ちにその指示に従がい右商品を訴外和光に納入した。更に、被告林は同月二六日前同様にしてタイヤ二七本一〇七万二五〇〇円相当の買掛注文を発し、原告はこれに応じ直ちにその指示に従がい右商品を江差町に在る訴外小田原産業に納入した。
同じころ、日恵フォレストの経営は極度に悪化し、最早打開の見通しもなくなつたため、被告林は、債権者からの追及を免れるべく、同月二七日に至り突然東京方面へ逃避し、行方不明となり、その為、日恵フォレストも同じころ倒産した。日恵フォレストは、今日でも七〇〇〇万円程度の負債があり、その為、原告の日恵フォレストに対する前記売掛債権合計二八二万九三〇〇円は回収不能となつたままである。以上の事実を認めることができ<証拠判断略>。
右によると、被告林は、日恵フォレストの代表取締役として、原告に対し、昭和五三年一二月一九日から同五四年一月二六日にかけて合計四回に亘り、請求原因1の(一)、(二)に記載のとおりの日時に記載のとおり商品等合計二八二万九三〇〇円相当の買掛注文をなしたこと(以下、便宜上本件売買契約と総称する。なお、原告がこれに応じて、右請求原因1の(一)、(二)記載の日時ころ、右商品を納入したことは当事者間に争いがない)、ところが、日恵フォレストは昭和五四年一月二七日ころ倒産し、原告の右売掛代金債権は回収不能となり、今日に至つていることが認められる。
ところが、日恵フォレストは、昭和五三年一二月初めころには経営内容が悪化し、資金繰りにも窮し、原告との取引も従来の回し手形による決済から自振り手形による決済にせざるを得ない程の状況に至つていたことは右に認定したとおりであるところ、被告林本人は、右一二月ころの苦境を乗り切れるかどうかは半信半疑であつた旨供述している。しかしながら、被告林の同族会社として設立された日恵フォレストに特段の資産があつたことを推測せしめるに足りる証拠はなく、前認定事実に被告林本人尋問の結果によると、被告林は既に昭和五三年一二月二〇日ころには自己の唯一の財産ともいうべき本件建物を財産保全の意味も含めて義父である被告金内に渡そうと考えていたことが認められること、一か月程のちの昭和五四年一月二七日には被告林は日恵フォレストの倒産を予見して逃避していること、しかも、日恵フォレストの右倒産は、突発的事件によるものではなく、従前からの経営の行きづまりによるものであること(被告林本人も同旨の供述をしている)等の諸事情に鑑みると、日恵フォレストは、被告林が原告に注文を発した昭和五三年一二月一九日ころには、既に十分な支払能力がなく、また将来における支払の目途もほとんどない状態にあつたと推認するのが合理的である。
してみると、被告林は、日恵フォレストの代表取締役として本件売買契約を締結するにつき、会社の資産、経営内容からして、その支払能力のないことを知つていたか(少なくとも、昭和五四年一月二四日、同月二六日の買掛注文を発した時点では、その支払能力がないことを知つていたと認めるほかない)、少なくとも当然知りうべきであつたといえるから、被告林が、かかる経営状態にありながら、前記のごとき買掛注文を発し、更に会社の債務を増加させることは、その職務を行うにつき悪意又は重過失があつたものということができる。なお、原告は、請求原因1の(二)の取引について、被告林の商品騙取であると主張する。なる程被告林は、原告に対し、タイヤ等の商品の買掛注文を発し、これを第三者に納入させ、第三者からその支払として手形の交付を受け(このことは、被告林本人尋問の結果により認める)、しかも、右発注の日の三日後ないし翌日には日恵フォレストの倒産を見越して逃避し行方をくらましたことからすると、所謂取込詐欺の疑いがないわけではないが、被告林本人尋問の結果に照らすと、右事実のみから被告林の詐欺の故意を肯認するに十分とはいい難く、他に被告林に詐欺の意思のあつたことを認めるに足りる証拠はない。
以上によると、原告の被告林に対する請求は、商法二六六条の三に基づき金二八二万九三〇〇円及びこれに対する本訴状送達の翌日である昭和五四年七月一二日から完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。
二そこで、被告金内に対する請求について判断する。
請求原因1については、既に一で検討したとおりであり、請求原因2、3の事実は当事者間に争いがないので、被告の抗弁について検討する。被告金内は、本件建物を代物弁済によつて取得したと主張するのであるが、代物弁済が成立するためには本来の債権(代物弁済によつて消滅する債権)が存在していることが要件であるところ、被告金内は右の本来の債権は被告林に対する六〇〇万円の貸金債権であると主張するのみで、その成立要件につき主張するところがない。また、被告林、同金内の各本人尋問の結果によると、被告金内は、被告林が女婿である関係から、昭和五〇年ころから被告林に対し資金援助を続けており、両者間では多数間に亘り、金銭の貸与、返済が繰返されていたこと及び日恵フォレストが倒産した昭和五四年一月二七日の三ないし四か月前には被告金内から、被告林に対して二四〇万円ないし二五〇万円程の金員が貸与されたことがあつたこと、を認めることができるところ、被告林及び被告金内はいずれも右貸借関係の合計が被告金内の六〇〇万円を越える貸金となつている旨供述する。しかしながら、右にいう六〇〇万円を越える貸金については、何時のいか程の金員の賃金の合計であるのかは右両名の供述によつても全く明らかでなく、右両名の前記供述部分はにわかに措信し難く、他に被告金内が被告林に対し昭和五三年一二月二〇日当時六〇〇万円の貸金債権を有していたことを認めるに足りる証拠はない。
したがつて、被告金内の代物弁済の抗弁は、本来の債権債務の存在についての主張、立証を欠くから、その余の点につき論ずるまでもなく失当であるというべきである。尤も、仮に代物弁済が無因契約であり本来の債権債務の不存在による影響を受けないものと解しても、被告金内主張の代物弁済契約の成立を肯認するに足りる証拠はない。即ち、被告林、同金内の供述中には、被告の主張に副う趣旨の部分が存しないわけではないが、右代物弁済に関する右各本人の供述にあいまいな点も多くみられ、しかも本件登記の原因が売買になつていることについては、右両者とも説明することができないし(被告林は、本件建物の売買は存在しない旨明白に供述している)、また、本件登記は、被告林が行方不明となつた三日程後の昭和五四年一月三〇日になされているのにも拘らず、被告金内は具体的な登記手続を誰が行つたか判然としない旨供述しているのであり、被告林に至つては、同被告の供述によれば、本件登記がなされていることは、昭和五四年二月ころ本件建物を担保に金員の借入れをしようとした際初めて知つたというのであつて、これらの事情と弁論の全趣旨に照すと、既にみたとおり、被告林において本件建物を被告金内に渡そうとの意図のあつたことは否定し得ないとしても、まず売買を原因とする本件登記が先行し、後日に至りその所有権移転原因を代物弁済であると主張するに至つた可能性も全くないとはいい難く、これらに照らすと、前記被告林、同金内の供述はにわかに措信し難く、右各供述のみから本件代物弁済契約の成立を肯認することは困難であり、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
そして、被告林には本件建物以外に特段の資産の存しないことは被告林本人尋問の結果により明らかである。
してみると、原告の被告金内に対する債権者代位権に基づく本件登記の抹消登記手続を求める請求は理由がある。
三以上によると、原告の本訴各請求は、主文一・二項記載の限度で理由があり正当であるから認容し、被告林に対するその余の請求は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条九二条九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。
(宗宮英俊)
物件目録<省略>